漢詩と中国文化
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長恨歌(三)白楽天を読む


この段(三)は、安禄山の乱が一段落して、皇帝が都へ帰るさまが描かれる。帰る途中、馬嵬にさしかかったところで、楊貴妃が空しく死んでいった悲しみにふけり、都に戻ってからも、楊貴妃のいない毎日を味気なく過ごす皇帝の気持ちが歌われる。


長恨歌その三(壺齋散人注)

  天旋地轉迴龍馭  天旋(めぐ)り地轉じて龍馭を迴らし
  到此躊躇不能去  此に到って躊躇して去る能はず
  馬嵬坡下泥土中  馬嵬坡下 泥土の中
  不見玉顏空死處  玉顏を見ず 空しく死せる處
  君臣相顧盡沾衣  君臣相ひ顧りみて 盡く衣を沾し
  東望都門信馬歸  東のかた都門を望み馬に信(まか)せて歸る
  歸來池苑皆依舊  歸り來れば池苑皆舊に依る
  太液芙蓉未央柳  太液の芙蓉 未央の柳

情勢が一転して皇帝も長安に戻ることになった、だがこの地に至って躊躇して進むことができぬ、ここの馬嵬坡下の泥土の中に楊貴妃は埋められて、もはや顔を見ることもかなわず空しく死んだのだ(龍馭:天子の乗り物)

君臣ともにこもごも顧みては涙を流し、東のかた長安を目指して馬を進める、長安に戻って見れば池苑はむかしのままの姿、太液の芙蓉も未央の柳も昔のままだ(坡下:堤の下、太液:宮中の池、未央:宮殿の名)

  芙蓉如面柳如眉  芙蓉は面の如く柳は眉の如し
  對此如何不淚垂  此に對しては如何ぞ淚の垂れざらん
  春風桃李花開日  春風 桃李 花開く日
  秋雨梧桐葉落時  秋雨 梧桐 葉落つる時
  西宮南內多秋草  西宮 南內 秋草多く
  落葉滿階紅不掃  落葉 階に滿ちて紅掃はず
  梨園弟子白髮新  梨園の弟子白髮新たに
  椒房阿監青娥老  椒房の阿監青娥老いたり

未央は楊貴妃の顔のよう、柳は眉のよう、これらを目にしてどうして泣かずにいられよう、春風に桃李が花開く日、秋雨に梧桐の葉が落ちる時

西宮にも南內にも秋草が生い茂り、落ち葉が階段に積もっても払うことをしない、梨園の弟子には白髪が目立ち、椒房の阿監も容色が衰えた(西宮南內:どちらも天子の住居をさす、梨園弟子:梨園は楽人の養成所、弟子はそこの学生、椒房:皇后の部屋、阿監:取締役の女官、青娥:黒い眉、転じて美貌)

  夕殿螢飛思悄然  夕殿 螢飛んで思ひ悄然たり
  孤燈挑盡未成眠  孤燈 挑げ盡して未だ眠りを成さず
  遲遲鐘鼓初長夜  遲遲たる鐘鼓 初めて長き夜
  耿耿星河欲曙天  耿耿たる星河 曙けんと欲する天
  鴛鴦瓦冷霜華重  鴛鴦の瓦冷ややかにして 霜華重く
  翡翠衾寒誰與共  翡翠の衾寒くして誰と共にせん
  悠悠生死別經年  悠悠たる生死 別れて年を經たり
  魂魄不曾來入夢  魂魄曾つて來りて夢に入らず

夜の宮殿に蛍が飛んで悲しい思いになる、孤燈をかかげ尽くしてもなお眠れない、時を告げる鐘の音がやけに長く響き、銀河が明け方の空にしらじらとかかる(耿耿:しらじらと明るいさま)

オシドリ模様の河原はひんやりとして霜の花が降り、翡翠模様の布団は寒々として共に入る人もない、生死を別にして久しく年を過ごしたけれど、楊貴妃の魂魄が夢の中で訪れることもなかった(鴛鴦瓦:オシドリの模様を施した瓦、翡翠衾:翡翠の模様を施した褥)






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