漢詩と中国文化 |
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石壕吏:杜甫を読む |
石壕吏は三吏三別六篇の中でもっとも有名なものである。杜甫のヒューマニズムが、抑制された感情の中からにじみ出てくるような趣がある。すでに兵車行の中で、戦争のために駆り立てられていく民衆の苦悩を歌っていた杜甫であるが、この詩の中での民衆の苦悩は、さらに増幅された形で描かれている。 兵車行の作者としての杜甫は、官職とは無縁な、傍観者としての立場にあった。しかし今は違う。地方官僚として、民衆の支配にあたり、自分自身が民衆を徴発すべき立場にもある。だから民衆の苦悩の声は、直接自分の身に突き刺さって聞こえたに違いない。 杜甫の五言古詩「石壕の吏」(壺齋散人注) 暮投石壕村 暮に投ず石壕の村 有吏夜捉人 吏有りて夜人を捉ふ 老翁逾牆走 老翁牆を逾えて走り 老婦出門看 老婦門を出でて看る 吏呼一何怒 吏の呼ぶこと一に何ぞ怒れる 婦啼一何苦 婦の啼くこと一に何ぞ苦しめる 暮れ方に石壕の村に投ずると、官吏が夜中に人狩りをしていた、老人が垣根を越えて逃げ去り、老女が門を出て応対する、官吏が罵る声の何とすさまじいことか、老女の泣き声のなんと痛々しいことか 聽婦前致詞 婦の前(すす)みて詞を致すを聽く 三男業城戍 三男あり業城の戍りにつけり 一男附書至 一男は書を附して至る 二男新戰死 二男は新たに戰死せり 存者且偸生 存する者は且く生を偸む 死者長已矣 死する者は長に已みぬ 老女が進み出て言うところを聞く、自分には三人の男子がいるが皆?城の戍りに駆り出された、そのうち一人は便りをよこしたが、他の二人は戦死した、命があればなんとか生きていけるが、死んでしまっては永久に浮かばれない 室中更無人 室中更に人無く 惟有乳下孫 惟だ乳下の孫有り 孫有母未去 孫には母の未だ去らざる有るも 出入無完裙 出入するに完裙無し 老嫗力雖衰 老嫗力衰へたりと雖も 請從吏夜歸 請ふ吏に從って夜歸らん 急應河陽役 急に河陽の役に應ずるも 猶得備晨炊 猶ほ晨炊に備ふるを得ん 家の中には男はおらず、ただ乳飲み子がいるのみ、その母親はまだ去らずに残っているが、まともな着物も無いため外へ出ることも出来ない、 自分は老いて力衰えたといっても、一緒に戦場に赴くことにしましょう、戦争が始まれば、飯炊きの用くらいは果たせましょう 夜久語聲絶 夜久しく語聲絶え 如聞泣幽咽 泣いて幽咽するを聞くが如し 天明登前途 天明前途に登れるとき 獨與老翁別 獨り老翁と別る その夜は久しく話し声が絶えて、嗚咽する声だけが聞こえてくるようだった、翌朝日が昇る頃、自分は一人取り残された老人と別れたのだった 官吏が夜中に一軒一軒人民の家を襲い、兵士として使えそうなものを徴発していく。だが人民は、成人した子供は無論、一人前にならない男子までとられてしまって、残っているのは老人だけだ。 だが官吏は老人とて許しはしない。男がいなければ老婆でもよい。少しでも戦場で役に立ちそうなら、徴用しよう。そんな過酷な姿勢が伝わってくる。 老婆は、連れ合いを守るために、自ら進んで官吏に付き従う。あとには乳飲み子の孫と母親、そして老人のみが残るが、働き手である老人がいなくなるよりも、自分が犠牲になったほうが打撃は少ないだろう。男では戦士の可能性も高いが、女である自分なら、何とか生きながらえることもできよう。こんな思いが老婆を、官吏とともにいくよう駆り立てたのだ こうして老婆がいなくなった後、杜甫は残された老人にひっそり別れを告げて、夜明けとともに任地へと去っていく。 |
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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2009 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである |