漢詩と中国文化
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晚泊松滋渡口:陸游を読む


入蜀記によれば、陸游は六月二十六日に鎮江で大きな船に乗り換え、そこから夔州をめざして長江を遡った。船は帆を張らず、櫂と引き綱とで、つまり人力で進んだとある。百丈と呼ばれる引き綱は、男の腕程の太さがあり、それを両岸の人夫たちが引いた。人夫はみな四川の者だったらしい。

陸游は長江を遡る途中、さまざまなところに立ち寄って観光を楽しんだ。二日後の六月二十八日には名刹金山寺に立ち寄り、金国へ使者として赴く途中の笵也大と出会い、七月五日には南京で秦檜の孫秦ケンと会った。七月二十四日には安徽省池州にて李白の「秋浦の歌」を想起し、八月十八日には湖北省黄州にて蘇軾の流謫生活をしのんだ。

八月二十三日には武昌に到着してそこで七日を過ごし、十月六日には湖北省宜昌に到着。そこから三峡を経て蜀までは間近だ。

宜昌のやや手前に松滋という早瀬があった。そこで陸游は一首の詩を詠んだ。「晚泊松滋渡口」である。

  小灘拍拍鸕鶿飛  小灘 拍拍として鸕鶿飛び
  深竹蕭蕭杜宇悲  深竹 蕭蕭として杜宇悲し
  看鏡不堪衰病後  鏡を看るに堪へず 衰病の後
  繫船最好夕陽時  船を繫ぐに最も好し 夕陽の時
  生涯落魄惟耽酒  生涯 落魄 惟だ酒に耽る
  客路蒼茫自詠詩  客路 蒼茫 自ら詩を詠ず
  莫問長安在何許  問ふ莫かれ 長安何許(いづく)にか在ると
  亂山孤店是松滋  亂山 孤店 是れ松滋

小さな早瀬を鵜が羽音をたてて飛び、深い竹村にホトトギスが悲しげに泣く、鏡を覗けばそこには病み衰えた自分の顔が映り、夕日の時刻である今は船をつなぐのに最もふさわしい

生涯落ちぶれてただ酒に耽り、旅路がはるばると続く途中で詩を詠ずる、長安がどこにあるか聞かないでほしい、山々を背景にしたこの小さな村落こそ松滋なのだ(孤店は小さな村落)






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