パリ紀行
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パリ紀行:その一


余少年の頃よりフランス語を独学し、象徴派の詩人たちを日本語に翻訳しては自得しかつ喜びゐたれど、いまだかつてフランスに旅行せしことなし。わづかに柳北先生の航西日乗を読みなどして空想裏にかの地に遊ぶばかりなりき。今やうやく還暦を過ぎて、生活の閑暇と金銭の余裕を得るに及び、宿願の思ひをかなへんとは思ふなり。

かくて、たとへ一人でなりとも、今年の秋にフランスに旅せんと計画を立てしは、この春のことなりき。しかるに夏に受けたる健康診断の結果、大腸がんの恐れを指摘され、精神沈滞すること著し。一時はとても旅どころではなくなりしが、重ねて精密健診を受けたる結果は良性のポリープとかにて、さう深刻になる必要もなしとのこと、命の伸びたる心地して一安堵せり。

余は大事を取ってフランス旅行の計画を取りやめ、ポリープの摘出手術を受けんかとも思ひたれど、医師がいふには、折角の計画なれば是非実現されよ、手術は年があけてからにても十分間に合ふなりと。余、医師の言葉を甘受して、フランス旅行の計画を決行することとはなしたるなり。幸ひ日頃親しき旅仲間たる横子の同道を得たり、二人手を携へてならば、如何ばかり心強からむ。



平成二十二年十月二日(土)午前九時、成田空港にて横子と落ち合ひ、十一時五分発日本航空四〇五便にてパリに向ふ。飛行機は離陸後北へと進路をとり、日本海を抜けて後、ハバロフスク、シベリア、ロシア、バルト海の各上空を経て、日本時間午後十一時四十分(現地時間午後四時四十分)パリ、シャルル・ドゴール空港に着陸せり。

空路はすべて日中を進みたれば、途中眼下に広がる光景を眺め得たり。中でも印象に残りしはアルダン高原にて、雪を戴ける峰々はるばると連なりたり、また西シベリアは一面の草原なり。ウラル山地は南北に長く、東西に短し、瞬く間もなく過ぎ去りたり。

フランス上空に差し掛かりしと覚しき頃、眼下には長閑なる田園地帯広がりて見えたり。これフランス東北アルデンヌあたりなるべしと覚えたり。

空港には旅行会社の現地案内人某女出迎へに来りてあり。そのものに案内せられてホテルに赴く。パリ十二区ベルシー地区なるオテル・キリアドなり。現地時間六時半頃チェックインせり。

二人ともさして疲労もせざりしかば、都心に出でて夕餉をなさんと、オテル近くのクール・サン・テミリオン駅より地下鉄一四号線に乗り込み、ピラミード駅にて下車す。車両は日本の地下鉄より一回り小さくできたるが如し、しかして車内日本語のアナウンスをなせり。余ら大いに驚きたり。



地上へと登れば、眼前に広がる街並はオペラ通りなり。荘厳にしてかつ優雅なること、さながら錦絵を見るが如し。余、その眺めに大いに感心す、しかして柳北先生がパリを詠みたる詩、自から思ひ出でられたり。

  十載夢飛巴里城  十載夢は飛ぶ巴里城
  城中今日試閑行  城中今日閑行を試む
  画楼涵影淪綺水  画楼影を涵す淪綺の水
  士女如花簇晩晴  士女花の如く晩晴に簇がる

まさしく今日この時刻の余が心情に相通じたり、余が喜び思ふべし。

通りの北側はオペラ座の建物、南側はルーヴル宮殿の建物視界を遮りてあり。両者の間は1キロばかりの距離なり、その間にクラシックなる石造の建物、積木細工の如くに整然と並びたちたり。

余らはまづ、北側に歩みてオペラ座を見物し、その後南に戻りつ夕餉をなすべき店を探す、一の瀟洒なるカフェあり、名を Cafe de Cadran といふ。店に入りて席に着くに、店員来りて Bon Soir, MesSieurs と呼びかけらる。余もまた Bon Soir, MonSieur と応へて注文をなす。ビール Biere のほかに、横子には Poulet Fermie 、余には Poisson du Jour といふ魚料理を注文す。味はまづまづなり。

店内の様子を伺ふに、客の殆どはフランス人なり。その多くのものは店員と日頃懇意にせる模様と見え、互ひに気さくに声を掛け合ふ、中には顔面に接吻しあふものもあり。余、その様子を興味深く観察せり。

腹の満つると思ふや、時刻は午後十時近くなり、長旅の果なれば眠気も襲ひ来り、勘定をなしチップを与へ、地下鉄に乗りてホテルに戻らんとす。ところが地下鉄駅内は異常な雰囲気に包まれゐたり。反対側の車線には列車とどまりて発車する見込みなし、我が車線にも列車の到着する様子なし。余、不思議に思ひたれど、説明のアナウンスなければ事情を知る由もなし。

そのうち周囲にゐたる乗客次々と駅構外へ脱出せり。余、事態の尋常ならざるを察す、よって身づからもただちに駅外に脱出す。傍らを歩くものの会話を聞くに、テロとかいふ言葉頻出せり。

路上にてタクシーをつかまへ、ホテルに向ふ。タクシーはセーヌ川の川岸沿ひを走り、十一時過ぎにオテルに戻りたり。タクシー料金は十五ウロなりき。





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