四方山話に興じる男たち
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真夏にすき焼きを食いながら時事を談ず


例の四方山話の連中と久しぶりに会った。場所は本郷の一角、梶子の勤め先の会社が運営する厚生施設のようなものだ。そこの二階の座敷を借りて、真夏だというのにすき焼き鍋をつつきながら、今日は六谷子が用意してきた自分史の話をみんなで聞いた。参加したのは、筆者及び六谷子のほかに、石、浦、岩、福、柳、小、梶、越の諸子だ。場所がわかりにくいせいで、道に迷うものが続出し、全員揃ったのは予定時刻を三十分近く過ぎた頃だった。

メンバーの中では最後に現れた六谷子が、まず一枚の引き伸ばした写真を取り出して、皆に回覧した。田中角栄が映っている。何故こんなものを見せたかというと、自分の記者生活で人に自慢できるのはこれくらいしかない、というのだ。これは角栄が昭和60年に倒れて以来始めて世の中に顔を見せたときの表情を捉えたものだが、当時は角栄の動静に異常な関心が集まっていたこともあり、角栄の表情を一面トップで映し出すのは大変な特ダネ扱いだったという。その特ダネを、自分自身の才覚で掴み取ったのは、業界仲間では俺だけだった。そう言って六谷子は自慢して見せたのであった。

いまさら角栄の写真を見せられるとは、なんだかタイプスリップをしたような感じだなと思いながら、六谷子の自分史を聞く。卓上にはすき焼きなべがしつらえられているが、鍋をつつくのは六谷子の話が終わってからにしようということになり、前菜を食い、ビールを飲みながら、六谷子の話を聞いた。

大学を卒業した後、自分はブロック紙と言われるさる新聞社に入った。父親のコネで入った。そのことでは後でいろいろいじめられた。まず飛騨の高山に配置され、横浜勤務を経て、東京版の整理部というところに配属されたが、自分としては政治部に行きたかった。そこで、幹部に夜討ち朝駆けをして訴えるなど、いろいろ運動をした挙句、販売店網の実力者を動かして、なんとか政治部にもぐることができた。そこで石子が口を挟み、お前の生き方は裏道人生みたいだな、と言ったところが、人生なんてそんなものさ、と六谷子は一向気にする様子がない。

政治部の記者になれたことで、仕事には生きがいを感じた。同業他社の仲間たちとの付き合いも面白かった。うちの会社はブロック紙ということもあって、業界内順位は一ランク下がるのだが、そんなことをコンプレックスに感じずに仕事できたと思う。自分が一番ラッキーだったのは、社論がいわゆるリベラル向けで、自分の姿勢と矛盾していなかったことだ。これがサンケイとか読売だったら、おそらく社論と馴染めずに悩んだと思う。そこは自分にとって非常にラッキーだった。おかげで、論説委員になったあとも、思うとおりの議論を吐くことができた。もっとも今思えば、社全体が左右にかかわらず同じ方向に向いてしまったら、なにごとか起ったときに柔軟な対応ができない恐れがあると、感じないこともないけどね。

六谷子の話がここまできたところで、腹も減ったことだし、目の前のすき焼き鍋に手を出そうではないか、ということになった。すき焼きの材料を見れば、牛肉の切れ身は足袋の底みたいに平べったくて、草鞋のように大きい。一人あたま三百グラムあるという。つけあわせのほうは、焼豆腐、しらたき、ねぎ、焼麩、春菊のほか、白菜やたまねぎまで入っている。これらを鍋にいっしょくたにぶち込むと、すき焼きというよりは、まさに牛鍋というに相応しい。とにかく大したボリュームだ。

一ジャーナリストとして、いまの日本の政治をどう見るかね、という誰かの六谷子への問いかけをきっかけとして、銘々が自分の意見をてんでに述べ合う事態に発展した。とりあえずは、数日後に予定されている参院選の結果がどうなるかが話題になった。六谷子の見立てでは、与党が順調に勝つ一方、民進党は後退するだろうということだった。民進党は、民主党時代の失敗がいまだ尾を引いているのに加え、共産党と組んだことで、与党からの反共攻撃の巻き添えを食っている。いまの日本ではまだまだ、共産党アレルギーが強いからね、ということだった。

ここで、俺の知っている一女性が東京選挙区から民進党で立候補しているんだが、ここへきて危機感に駆られて、なりふりかまわず支持を訴えている。みんなももしよかったら彼女に入れてやってくれないか、と浦子が言い出した。すると六谷子は、東京の場合にはその女性が当選して、本命といわれた候補が落ちる可能性が強い。だからそんなにやきもきすることはなかろう、と言う。どんな根拠があってそんなことを言うのか、門外漢である筆者にはわからない。

こんな調子で議論は尽きる様子がなかったが、なにせ会社の厚生施設の手前、自づから門限がありますと促され、中断することとなった。中断に当たって場所幹事たる梶子から、彼の会社の概要を紹介された。彼の会社のオーナー家は、政治好きで知られ、これまで六人もの代議士を輩出した。その政治姿勢は非常にリベラルで、しかもあらゆる思想に対してオープンマインデッドである。そのおかげもあって、自分のようなものでも、のびのびとしていられることができた。そんなふうな内容である。

いやあ、この会場もなかなかオープンマインデッドで心地よかったよ、とみなが口を揃えて言う。おかげで十分寛ぐことができた。できたら次回もお願いしたいね、と総幹事の石子が言ったところ、こんなところでよかったら無論御用意いたします、と梶子が引き取る。すると柳子が、贅沢をいうようで気が引けるが、次回はできたらすき焼きではなく、しゃぶしゃぶにして欲しいね、と勝手なことを言う。

では、次回は八月某日に催すこととし、浦子を語り部に指名しよう。浦子もメディア界の人間だが、六谷子と違って営業畑だから、また違った話が聞けるだろう。





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