四方山話に興じる男たち
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物流の理念を聞く


四方山話の連中と新橋の古今亭で例会をやった。会場に着いてみると三階の狭い仕切りの部屋に案内され、そこには浦・柳の両子が先に来ていた。席が五人分しか用意されていないので、今日は随分少ないねというと、石子が詰めの手を抜いたんだろうと浦子が言う。今日は石子が自分史を語る番なので、人を糾合するのがためらわれたんではないかと言うのである。そのうち当の石子が来たので事情を聴くと、こんなもんじゃないのか、と涼しい顔をしている。俺のところに参加通知がきたのはこれだけさ、と。だが実際に蓋をあけてみると、参加通知のなかったものも現れ、最終的には八人になった。上述の四人のほか、岩、六谷、小、梶の諸子である。

石子が用意してきた書類を二組配った。一組は今日の話のレジュメ、もう一組は昨年秋のヨーロッパ旅行の記録である。こちらのほうは、43行書きで30枚もある。力作だ。

まずレジュメをもとに石子が自分史を語る。俺は卒業と同時にある物流関係の組織に入った。知人の紹介だった。最初は巨大な倉庫に配属され、フォークリフトで商品の仕分けをしたり在庫の管理をしながら三年ほど現場の仕事をした。だから俺は現場上がりのプロパーとして、ずっと現場を大事に考えてきた。現場を知らなくてはいい仕事はできないというのが俺の信念だ。

その後、地方の支店と東京の本部とを往復し、いろいろな仕事をしたが、俺の仕事のスタイルは一貫して現場中心というものだった。そのことで上層部の意向と衝突する場合もあった。40代の半ばには一年間、再教育対象者となってガラスの檻に閉じ込められた。組織人が組織に逆らうとどういうことになるか、見せしめにされたわけだ。だがそこで潰されることはなく、一年後に本部の中枢に配属され、組織の未来図を描いたりしもした。しかしやはり俺はどうも反逆的なところがあると思われたようで、役員クラスには届かなかった。それが自分の生き方だと思えば、別に後悔することもないが。

これだけのことを話すために石子は一時間もかけたのだが、なぜそんなに時間がかかったかというと、脇から合いの手がしょっちゅう入ったからだった。石子が話す様子がいかにも深刻な感じで、聞いている方としてはそのままでは息苦しくなるので、勢い合いの手を入れて緊張を和らげようとした、と言っては聞こえがいいが、要するに石子の話し方が冷やかされやすい雰囲気を持っていたということだろう。

石子の話が一応済んだところで、柳子が席を外した。これから仕事が待っていると言うのだ。今日は石子の自分史を聞きたくて、仕事の途中で抜け出してきたのさ、と。その後、石子の話を踏まえて、物流の理念とか日本の物流業界の現状とかについて熱い議論が展開された。石子は物流の領域にも「生産史観と消費史観」の対立があると言うのだが、それに対しては、いまごろそんなことを言っていたら現実の消費者から愛想を尽かされてしまうよ、と反論するものもあった。

石子が従事している物流組織には歴史的な背景があり、また各国によってさまざまなパターンがあるが、未だに物流業界で大きなシェアを占めているのは、日本とイタリアぐらいだろうと言って、これが今後の日本でも生き残って行くことが、消費者のためにもなる、と言ったところ、批判的な意見と同情的な意見が寄せられた。批判的な意見のほうは、梶子がいうように、もっと消費者のニーズに合わせた事業をしないと今後見放されるということを強調し、あなたの組織には官僚制的なところがあると批判した。彼は経済活動の現場で、この組織と実際に関わっていたので、実感として言うのだと強調していた。

これに対して六谷は同情的で、君のところのような組織は今後の老人社会にとっては欠かせない、こういう組織があるおかげで、足のない老人も必要な買物ができている。今後そういう老人が増えることが予想されるからには、やはり大きな存在意義をもっていると言わねばならない、とかなり同情的な意見を言う。これについては、コンビニやスーパーもいろいろ工夫してこれからの消費者のニーズに応えようとしている、何分にも世の中のニーズに敏感に反応することが、これからの流通業界共通の課題になるだろうね、というような話に収束していった。

岩子と小子はこの組織の政治的な性格について問題提起をしていたようだが、そういう事情に疎い筆者には話の動きがよく読めなかった。

ところで石子は細君をなくしてだいぶ経つそうだ。20年近く前に細君をなくして以来独身を貫いてきたが、最近は心境の変化に見舞われ、再婚をしてもよいかなと思うようになった、そう言ったところが、小子は、年をとって再婚したもので成功した例は非常に少ない、悲惨な結末に終わる例が多い、だから僕は年寄りの再婚は勧められない、と言い出した。たしかにそうかもしれないが、人間というものは一人ひとり違うもので、他人が失敗したからといって自分も失敗するとは限らない、自分としては再婚を真剣に考えているのだよ、と石子は答える。どうやら意中の人があるらしい。

こんなわけで今日は、いつもとはまた違った雰囲気の話になった。散会後は前回のとおり、石、浦、岩の諸子とともに烏森神社裏手のブリティッシュパブで飲み直した。花金とあって店内は芋を洗うような混みようだった。

なお、次回の語り部は小子にお願いしようということになった。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2016
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