漢詩と中国文化
HOMEブログ本館東京を描く水彩画陶淵明英文学仏文学西洋哲学 | 万葉集プロフィールBSS




琵琶行その二:白楽天の歌詞


白楽天の歌詞「琵琶行」その二(壺齋散人注)

  轉軸撥絃三兩聲  軸を轉じ絃を撥ひて三兩聲
  未成曲調先有情  未だ曲調を成さざるに先づ情有り
  絃絃掩抑聲聲思  絃絃掩抑して 聲聲思ひあり
  似訴平生不得志  平生志を得ざるを訴ふるに似たり
  低眉信手續續彈  眉を低れ手に信(まか)せて 續續として彈じ
  説盡心中無限事  説き盡す 心中無限の事
  輕攏慢撚抹復挑  輕く攏(おさ)へ慢く撚り 抹(な)でて復た挑ね
  初爲霓裳後六幺  初め霓裳を爲し 後には六幺
  大絃嘈嘈如急雨  大絃は嘈嘈として急雨の如く
  小絃切切如私語  小絃は切切として私語の如し
  嘈嘈切切錯雜彈  嘈嘈切切 錯雜として彈き
  大珠小珠落玉盤  大珠小珠 玉盤に落つ

琵琶の軸を転じ二三度絃えば、まだ曲調をなさないのにもはや感情がこもっている、一本一本の絃が奏でる低い音には思いが込められ、平生志を得ないことを訴えているかのよう(掩抑:低く抑える)

眼を伏せ手にまかせて次々と弾いていき、まるで心中のありったけを言い募るかのよう、撥を軽く押さえてはゆるくねじり、なでるかと思えばまたはね、初めは霓裳羽衣の曲を弾き、ついで六幺の曲

大絃は嘈嘈として急雨の如く、小絃は切切として私語のよう、嘈嘈切切入り乱れて弾き、大小の玉を玉盤に落としたような賑々しさ(嘈嘈:騒がしい、切切:哀切)

  閒關鶯語花底滑  閒關たる鶯語 花底に滑らかに
  幽咽泉流氷下難  幽咽する泉流 氷下に難(なや)む
  氷泉冷澁絃凝絶  氷泉冷澁して 絃凝絶し
  凝絶不通聲暫歇  凝絶して通ぜず 聲暫らく歇む
  別有幽愁暗恨生  別に幽愁暗恨の生ずる有り
  此時無聲勝有聲  此の時聲無きは 聲有るに勝る
  銀瓶乍破水漿逬  銀瓶乍ち破れて 水漿逬り
  鐵騎突出刀鎗鳴  鐵騎突出して 刀鎗鳴る
  曲終収撥當心畫  曲終って撥を収め 心に當てて畫す
  四絃一聲如裂帛  四絃一聲 裂帛の如し
  東船西舫悄無言  東船西舫 悄として言無く
  唯見江心秋月白  唯だ見る 江心に秋月の白きを

伸びやな鶯の声が花の下でさえずっているかのようでもあり、氷の下を流れよどむ泉の音のようでもある、氷泉がつめたく氷りつくように絃が凝り固まり、そのまま音がとだえがちになる(閒關:鶯がのびやかに鳴くさま)

そのさまはまるで幽愁暗恨が生じているかのようであり、このときに音がないのは音があるのに勝る、かと思うと銀瓶が突然割れて水漿がほとばしり出るように、また鐵騎が突出して刀鎗が鳴るように、琵琶の音がほとばしり出る

曲を弾き終えると撥を胸の前で大きく動かし、四つの絃をいっせいにかき鳴らす、するとあたりにいる船はみな悄然として詞もなく、ただ水面に秋の月が浮かんでいるのを見るばかりだ


第二段落は、女が琵琶を弾き鳴らす様子を歌う。日本人には昔から愛されている部分であり、大絃は嘈嘈として急雨の如く、小絃は切切として私語の如し、のさわりは謡曲「常政」にも取り入れられている。






HOME白楽天次へ






 


作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2009-2014
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである