漢詩と中国文化
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有所思:古楽府



「有所思」は、男に裏切られた女心の悲しさを歌ったものである。贈り物のために鼈甲の簪(男子が髷を結うのに使うもの)を用意したが、男の心変わりを知ってそれを砕いて焼き捨ててはみたが、なおも男を慕う気持ちが抑えられない、そんな女心の悲しさがよく出ている歌である。

この歌は、戦城南同様鐃歌18首の一つ。鐃歌とは銅鑼の類を叩いて歌う戦意高揚の歌であるが、そのリズムを用いて楽府の旋律に生かしたのであろう。


有所思

  有所思       思ふ所有り
  乃在大海南    乃ち大海の南に在り
  何用問遺君    何を用ひてか君に問遺(もんゐ)せん
  雙珠玳瑁簪    雙珠 玳瑁(たいまい)の簪あり
  用玉紹繚之    玉を用いて之を紹繚(せうれう)す
  聞君有他心    聞く 君に他心有りと
  拉雜摧燒之    拉雜して摧きて之を燒かん
  摧燒之       摧きて之を燒き
  當風揚其灰    風に當って其の灰を揚ぐ
  從今以往      今より以往
  勿複相思      また相思ふことなからん
  相思與君絶    相思ひて君と絶つとも
  鶏鳴狗吠      鶏鳴き 狗吠ゆれば
  兄嫂當知之    兄嫂 當に之を知るべし
  秋風肅肅晨風思 秋風 肅肅として晨風思(すず)し
  東方須臾高知之 東方 須臾にして高うして之を知らん

わたしの思い人は、大海の南にいます。あの方に何をお贈りしましょうか。二つの真珠をあしらった鼈甲の簪をお贈りしましょうか。(所思は恋人のこと、)

ところがあなたには他心があると噂に聞きました。わたしは悔しさのあまりこの簪を焼き、砕いてその灰を風に飛ばしてしまいました。(紹繚は簪に玉をめぐらせること、拉雜はあわただしいさまを表す擬声語)

あの方のことは今後二度と思うことをいたしますまい。そうは思うのですが、鶏が鳴き、犬がほえると、親戚たちはわたしの本心を知ってしまいそうな気がします。秋風が肅肅と吹いて寒い朝、東の風もわたしの心を知ってしまいそうです。(わたしの心はやはり、あの方に恋い焦がれているのです)






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