漢詩と中国文化
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西村成雄「中国の近現代史をどう見るか」:シリーズ中国近現代史E


岩波新書版「シリーズ中国近現代史」の第六巻「中国の近現代史をどう見るか」は、中国近現代史の出発点を19世紀初頭に求め、それ以降200年にわたる「歴史的・社会的歴史層」の特徴を剔抉したうえで、それを今日の中国を考える際のよりどころにするという方法をとっている。著者の言葉で言えば「200年中国」を展望した現代史の試みということになる。

おおまかに言えば、この200年の間に、中国は東アジアの中心から世界の周辺へと没落し、その没落の底から這いあがって再び世界の大国になるべくつとめてきたということになる。いわば喪失と回復のプロセスがこの200年を彩っているというわけだ。21世紀の中国は、このプロセスの延長にあり、世界大国への復活も夢ではなくなりつつあるというのが著者の見立てだ。

問題は、21世紀になっても、中国の政治的・社会的な制度は、国際的なスタンダードからかなり外れているということだ。国際的なスタンダードとは、社会・経済的には資本主義システム、政治的には立憲的な民主主義ということになるが、中国はそのどちらとも異なった制度をいまだに採用している。それは社会・経済的には社会主義的市場経済ということになり、政治的には党国体制と呼ばれる、共産党による事実上の一党独裁ということになる。これらが果たして、これからの中国が世界の大国として復活するうえで、機能していけるのかどうか、著者は疑問を抱いているようである。

共産党による一党独裁は、毛沢東の革命によってもたらされた特異な制度というふうに見られがちだが、実は中国の歴史に根差した必然的なものだというのが著者の見立てである。中国という国は、この二千年来官本位制ともいうべき制度をとってきた。官本位制とは、権力が人民を訓導するというもので、人民の政治的な未成熟さを官が補導するというものである。これを著者は訓政と言っているが、それは蒋介石の国民党政権もとっていたことだし、孫文でさえ、立憲に先立つものとして認めざるを得ないものだった。つまり中国という国は、いまだに二千年来の政治的な伝統である訓政の体制から脱却できていないというわけである。

その伝統の悪影響が、今日においても官僚の腐敗となって現われているという。習近平政権は大規模な反腐敗キャンペーンを展開しているが、それは中国の権力がいまだに官本位制を脱していないことを物語っている。中国の官僚の腐敗ぶりはすさまじいもので、立憲体制下の国々では考えられないものだが、中国では二千年来の伝統によっていまだに繁茂しているというのである。その伝統を著者は「二千年にわたる封建的専制主義時代の遺物」と言っている。

著者はまた、辛亥革命によっていわゆる専制的王朝というものはなくなったが、「その骨格である柱と土台は今日まで残り続けている」と言っている。その柱と土台にあたるのが、訓政とそれによる党国体制というわけであろう。

そこで21世紀の中国が直面している課題は、この訓政と党国体制という中国的な制度を、今後どのように位置付けていくかということにある。そこで著者は、今後の中国がとるべき方向を考える際の基準軸として、国際システムへの開放性と中華的なアイデンティティという相反する概念を持ちだしている。国際システムへの開放性は、グローバリゼーションへの能動的な参加につながり、中華的なアイデンティティはナショナリスティックな大国意識へとつながる。どちらを優先させるかによって、中国はかなり異なった道をたどることになる。著者としては、中国にとっては、グローバリゼーションに能動的に参加するほうがずっと良い結果をもたらすと考えているようである。

グローバリゼーションに能動的にかかわり、世界の大国として尊重されるためには、今日の一党独裁体制は桎梏になるだろう。当面は、訓政としての党の優位性を放棄することは、共産党の組織原則からしてむつかしいであろうが、なるべく立憲的な制度へと切り替えていく必要があるだろう。その切り替えの努力は、あるいは一党独裁の廃棄への動きを加速するかもしれない。あるいは、共産党独裁のもとでの、経済的な繁栄が続き、体制の危機は避けられるかもしれない。どちらにしても、これからの中国は、国際社会に開かれた国として生き残っていくためには、むつかしい課題を抱えている、といふうに著者は見ている。

この本のユニークな着眼点は、中国の政治を動かしてきたものとして、訓政とそれによる党国体制に着目したことだろう。孫文はこれらに、立憲主義の前段階として過渡的な位置づけを与えたわけだが、中国共産党はいまだにその伝統に乘っているというのが、著者の基本的な見立てである。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2009-2020
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