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秋の歌:万葉集を読む


四季の移り変わりに敏感な我々日本人にとって、もっとも気になる季節は、万葉の時代から秋だったようである。万葉集の歌というのは、何らかの形で季節を詠み込んだ歌が大部分を占めるのだが、一番多いのは秋を詠った歌なのである。その秋を、我々日本人は、まず風で感じた。今の時代でも、まだ暑い盛りの立秋の頃に、朝夕かそかに吹く風に秋の訪れを感じる人は多いと思う。その同じ感性は、すでに万葉時代の人にも共有されていた。というか、太古の日本人の感性を、現代に生きる我々も共有しているということだろう。

風に秋の訪れを感じたと詠んだ歌として、額田王の次の歌があまりにも有名だ。
  君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く(488)
この歌は、次の鏡王女の歌と一緒に、万葉集巻四に並べ置かれるとともに、巻八の秋の相聞の部の冒頭にも置かれている。
  風をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆かむ(489)
このように重ねて載せられている歌はこの二首だけである。ということは、この二つの歌は、秋と恋とを重ね合わせた象徴的な歌として、特別な意味を持たされていたわけである。こうした感性は、その後も引き継がれ、古今集の中の藤原敏行のあの有名な歌を生んだ。
  秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
これなどは、日本人の季節感を表現した典型的なものといえるのではないか。

春、夏、秋と、季節の移り行きを、山の景色になぞらえて詠ったものもある。
  春は萌え夏は緑に紅のまだらに見ゆる秋の山かも(2177)
春は若葉にまぶしく萌え、夏は緑濃く色づき、秋になると紅にまだらに染まる、そんな山の移り変わりを見るにつけても、我々日本人は、万葉の時代から、四季の移ろいに敏感だったわけである。

巻八秋の雑歌の冒頭は、鹿を詠んだ次の歌である。
  夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寐ねにけらしも(1511)
夕方になると、いつもは小倉山で鳴いている鹿の声が今宵は聞こえない、もう寝てしまったのだろうか、という趣旨の歌だが、これが何故秋を象徴する歌として、巻八秋の雑歌の冒頭に置かれたのか。これは岡本天皇の御製歌とされているが、岡本天皇とは、舒明天皇とも斉明天皇とも言う。

次に、秋を感じさせる事象を詠んだ歌を数首。まず、ひぐらし。
  萩の花咲きたる野辺にひぐらしの鳴くなるなへに秋の風吹く(2231)
萩の花の咲いている野辺にひぐらしが鳴いている、その声にあわせるかのように秋の風が吹いている、という趣旨。萩、ひぐらし、風の三つに秋の季節感を込めているが、主役はひぐらしのようである。

次に、こほろぎ。
  庭草に村雨降りてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり(2160)
庭の草の上に村雨が降り、それにあわせてこおろぎの鳴く声を聞けば、秋が本格化したことを感じる、という趣旨。ここでこほろぎとあるのは、松虫やキリギリスなどを含め秋の虫の総称。

次は秋の収穫を詠ったもの。
  我妹子が業と作れる秋の田の早稲穂のかづら見れど飽かぬかも(1625)
あなたが精魂を込めて作った田圃の稲が実りました、それで作った髪飾りはいくら見ても見飽きません、という趣旨。坂上大嬢が大伴家持に贈った歌である。髪飾りが女(大嬢)のものなのか、男(家持)のものなのか、この歌からははっきりしない。

次は、秋の深まりに、人恋しさを感じた歌。
  夕されば秋風寒し我妹子が解き洗ひ衣行きて早着む(3666)
夕方になると秋風が寒い、彼女がわたしのために縫い直してくれた衣を早く着たいものだ、と言う趣旨。男のほうは旅先にあるのだろう。そこで秋風を寒く感じ、ホームシックにかかったというわけであろう。

秋の旅情を感じさせる歌をもう一首。
  草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも(2163)
旅の途上で物思いに耽っていると、夕方になったとばかり蛙が一斉に鳴くのが聞こえる、という趣旨。現代では、蛙は春の季語になっているが、万葉の時代には秋を感じさせるものだったようだ。というのもこの歌は、巻十秋の雑歌の部に収められているからである。





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