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内村鑑三「基督信徒のなぐさめ」


「基督信徒のなぐさめ」は、内村鑑三の処女作である。出版したのは明治二十六年(1892)二月、内村が三十歳のときであった。内村はこの本で、人間は基督教を信ずる限りどんな逆境にも耐えられると主張した。彼が取り上げたその逆境とは自分自身のものだったが、彼はその自分自身が陥った逆境にもかかわらず、基督教になぐさめを見出したがために、逆境も気にならなかったと言い、人々にも基督教を信じるように呼びかけたというわけであろう。

内村が最初に取り上げた自分自身の逆境とは最愛の妻に死なれたことだった。内村の二度目の妻加寿子は、いわゆる不敬事件をめぐって内村攻撃の矢面に立たされ、その心労がもとであっけなく死んでしまう。内村は、妻の死は自分のせいではないか考え、煩悶したのだろう。「余は基督経を信ぜしを悔ひたり。若し余に愛なる神てう思想なかりせば此苦痛はなかりしものを」と書いているが、これは自分の信仰が遠からず妻の死を招いたことを痛切に悔いている文と読めなくもない。

二つ目の逆境は国人、つまり日本人に捨てられたことである。これはいわゆる不敬事件をめぐって、内村自身が厳しい攻撃にさらされ、非国民呼ばわりされたことをさすのだろう。この事件のために内村は、「今や此頼みに頼みし国人に捨てられて、余は帰るに故山なく、需むるに朋友なきに至れり・・・天の下に身を隠すに家なく、他人に顔を会し能はず、孤独淋しさ言はん方なきに至れり」というのである。

三つ目は、基督教会に捨てられたことだと内村は言う。これはキリスト者内村としては意外な表白に聞こえるが、彼が唱えたいわゆる無教会主義が、キリスト教のすべての教会会派から総スカンを食ったことを意味するらしい。この部分は、この本のハイライトともいうべく、内村は自分の無教会主義を次のように宣言している。

「余は無教会となりたり、人の手にて造られし教会今は余は有するなし、余を慰むる賛美の声なし、余の為に祝福を祈る牧師なし、然らば余は神を拝し神に近づく礼拝堂を有せざる乎」

内村の無教会主義は、札幌農学校時代にすでにきざしていた。内村はクラーク博士の影響もあって、プロテスタントの信仰を得たが、プロテスタント内部でさまざまな宗派が互いに罵り合っていることに我慢ならず、何故彼らは基督への信仰を通じて互いに手を結び合わないのか、疑問を感じていた。その疑問は、アメリカ留学中に更に増幅されたようだ。日本に帰国したあと、内村は特定の宗派に属さず、従ってどの教会とも距離を置き、内心の自由に基づいて基督を信仰する姿勢を貫いた。そのことが既存のキリスト経宗派を刺激し、攻撃を加えられるようになる。それを内村は「基督教会に捨てられた」と表現するわけである。

このあと、事業に失敗したこと、貧困に陥ったこと、不治の病にかかったこと、など自分自身の逆境の例をあげて、自分がいかに逆境をものとせず、基督への信仰を貫いたか、そしてそのことによって自分がいかに慰められたか、について縷々と語る。のみならず、信仰こそが最良の事業であり、貧者こそ天国へ最も近きところにいるものであり、不治の病を治すものは信仰をおいて他にないと断言するわけである。

特に不治の病をいやす信仰の力について、内村は「信仰治療法」なるものに言及して、あたかも信仰が難病を治癒すというかの如き主張をしている。内村によれば、「信仰治療法は身体を自然の造物主とその法則とに任し、怡然として心に安んじ、宇宙に存在する霊気をして我の身体を平常体に復さしむるにあり、是迷信にあらず学術的の真理なり、殊に医師の称する不治の病に於ては唯此治療の頼るべきあるのみ」ということになる。信仰治療法には学術的な根拠があるというわけである。

以上を通じて内村がとだりついた結論は以下のようなものである。すなわち、「神は万物の霊たる人間の有するものの中に最も善なる最も貴きものなり、神は財産に勝り、身体の健康に勝り、妻子に勝りたる我等の所有物なり、富は盗まるるの怖れと浪費さるの心配あり、国も教会も友人も我を捨てん、事業は我をたぶらかしめ、此肉体も我失はざるを得ず、然れども永遠より永遠に至る迄我の所有し得べきものは神なり、人霊の価値は最と高き神より以下のものを以て満足し能はざるにあり・・・汝神を有す又何をか要せん」

こう言って内村は、逆境に悩める人々に向かって基督信徒としてのなぐさめを披露するのであるが、基督信徒ならざるものにとっては、あまりピンとこない話かもしれない。正宗白鳥はこの本に影響を受けてキリスト教に入信し、以後生涯この本を味読したということだが、白鳥のようなシニカルな性格の人間が、内村のこの本にひかれたというのは、日本の歴史の中でも興味深い部分だ。



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