陶淵明の世界

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 移居:陶淵明南村に移る


陶淵明は、義煕四年(408)火事に遭い、帰去来の詩に歌ったあの園田の居を消失した。陶淵明はそこに家を再建する代わりに、翌年、南村というところに移居した。場所は不明であるが、柴桑からはそう遠くはなかったのではないか。

新たな家は、以前に比べて大分狭かったようだ。「弊廬何必廣 取足蔽牀席」という詩句からその様子が伺われる。

陶淵明は、この移居にあたって、詩二首をつくった。其一は、南村に心惹かれた理由を述べ、そこでの人々との交流を、楽しそうに描いている。


「移居」其一

  昔欲居南村  昔 南村に居らんと欲せしは
  非爲卜其宅  其の宅を卜せしが爲に非ず
  聞多素心人  素心の人多しと聞き
  樂與數晨夕  數しば晨夕せんと樂ひしなり
  懷此頗有年  此を懷ひて頗る年有り
  今日從茲役  今日 茲の役に從ふ
  弊廬何必廣  弊廬 何ぞ必ずしも廣からん
  取足蔽牀席  牀席を蔽ふに足るを取る
  鄰曲時時來  鄰曲 時時來り
  抗言談在昔  抗言 在昔を談ず
  奇文共欣賞  奇文 共に欣賞し
  疑義相與析  疑義 相與に析つ

昔南村に住みたいと思ったのは、家相を占ったからではない、潔白な心の人が多いと聞き、一緒に暮らしたいと思ったからだ、このことをずっと考えてきたが、いまやっと引っ越しすることができるに至った(晨夕は朝夕顔を合わせること)

家は決して広くはないが、雨露をしのげればそれでよい、隣人が時折来り、声を弾ませて四方山話をする、良い詩ができればともに鑑賞し、わからないことがあれば、一緒になって解釈する(抗言は声をはずませること)

其二も、其一に続き、田園でののびのびとした生活と、隣人との交友の喜びを描く


「移居」其二

  春秋多佳日  春秋 佳日多く
  登高賦新詩  高きに登りて新詩を賦す
  過門更相呼  門を過ぐれば更ごも相呼び
  有酒斟酌之  酒有らば之を斟酌す
  農務各自歸  農務には各自歸り
  閑暇輒相思  閑暇には輒ち相思ふ
  相思則披衣  相思へば則ち衣を披き
  言笑無厭時  言笑厭く時無し
  此理將不勝  此の理 將た勝らざらんや
  無爲忽去茲  忽ち茲を去るを爲す無かれ
  衣食當須紀  衣食 當に須く紀むべし
  力耕不吾欺  力耕 吾を欺かず

春秋に良い日が多いので、そんな日には丘に登って詩を賦す、互いに門をすぎれば声を掛け合い、酒があれば持ち寄って飲む

畑作業にはそれぞれが赴き、一段落すると互いに思い合う、そうするとすぐに着物を引っかけてでかけ、談笑飽きることがない

この趣はなににも代え難い、決して個々を去るようなことはしないつもりだ、衣食のことは自分で始末をしよう、労働に励んでおれば欺かれないものだ



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