陶淵明の世界

HOME本館ブログ東京を描く水彩画万葉集をよむフランス詩選プロフィール掲示板サイトマップ



 自祭文:陶淵明自らを祭る


祭文とは儀式にあたって読み上げられる文章である。原則として散文でつづられた。雨乞いなどの際に作られることもあるが、多くは葬儀にあたって読み上げられたようである。

死者を悼んで読まれる祭文は、無論他者の功績等をたたえるのが目的だ。文選にはその種の祭文がいくつか載せられている。陶淵明も妹のために祭文を作っている。

だが、陶淵明は自分自身のためにも祭文を作った。しかも韻文の形式を用いてである。先の擬挽歌詩と同様、前例をみないユニークな試みだったといえる。

擬挽歌詩の制作日時は確実なことがわかっていないが、自祭文は丁卯の年、すなわち陶淵明が死んだ年に作られている。だからこれは、死期を自覚した陶淵明が、自分の生き方を振り返り、なかばフィクションを交えながら作ったものなのかもしれない。

全体は78句からなる長編であり、大きくわけて、6つの部分からなる。古風にしたがってまとめ、一句四言を原則として脚韻を踏んでいる。ここでは、それぞれの部分に区分けして、順次鑑賞してみたいと思う。


(死と納棺)

  歳惟丁卯 律中無射   歳は惟れ丁卯 律は無射に中る
  天寒夜長 風氣蕭索   天寒く夜長く 風氣蕭索たり
  鴻雁于征 草木黄落   鴻雁于に征き 草木黄落す
  陶子将辭逆旅之舘    陶子将に逆旅之舘を辭し
  永歸於本宅        永しへに本宅に歸らんとす
  故人悽其相悲       故人悽として其れ相ひ悲しみ
  同祖行於今夕       同に今夕に行を祖す
  羞以嘉蔬薦以清酌    羞ふるに嘉蔬を以てし薦むるに清酌を以てす
  候顏已冥 聆音愈漠   顏を候へば已に冥く 音を聆けば愈いよ漠たり
  鳴呼哀哉          ああ哀しい哉

年はあたかも丁卯、季節は中秋の九月、天は寒く夜は長く、風の気配は物寂しい。鴻雁は遠く旅立ち、草木は枯れ落ちた。(丁卯の年は陶淵明63歳にあたる、無射は音階12律の11番目、季節としては9月にあたる)

陶子は仮住まいたるこの世を辞して、永久に本宅たるあの世へと帰る。知人たちは別れを悲しみ、今夕陶子の野辺送りを見送りにきた。(陶子は陶淵明自身のこと)

供え物には野の菜、また澄んだ酒、陶子は棺の中から人々の顔をうかがおうとするが、眼前は暗くなって定かに見えぬ、声を聞こうと思っても耳は遠くなるばかり、ああ、悲しいことだ。


(生前の貧乏暮らしを振り返る)

  茫茫大塊 悠悠高旻  茫茫たる大塊 悠悠たる高旻
  是生萬物 余得為人  是に萬物を生じ 余も人たるを得たり       
  自余為人 逢運之貧  余 人と為りてより 運の貧しきに逢ふ
  箪瓢屡尽 奇谷冬陳  箪瓢屡しば尽き 奇谷冬に陳ぬ
  含歡谷汲 行歌負薪  歡びを含んで谷に汲み 行歌して薪を負ふ
  翳翳柴門 事我宵晨  翳翳たる柴門 我が宵晨を事とす

果てしない大地、はるかな空、この世界は万物をはぐくみ、私も人として生まれてきた。(大塊:大地、高旻:天空)

生まれて以来貧乏暮らしが続き、米びつはたびたび空となり、夏に着る薄い着物を冬に着た(?瓢:米を入れる器、??:薄絹の衣)

だが、人里はなれたさびしい生活を好み、谷の水を汲んでは、薪を背負って歌い歩いた、柴の戸を閉ざし、朝夕ひっそりと暮らしたものだ。


(躬耕と琴書の穏やかな生活)

  春秋代謝 有務中園  春秋 代謝し 中園に務め有り
  載耘載子 迺育迺繁  載ち耘り載ち子(つち)かへば 迺ち育ち迺ち繁る
  欣以素牘 和以七絃  欣ぶに素牘を以てし 和するに七絃を以てす
  冬曝其日 夏濯其泉  冬は其の日に曝し 夏は其の泉に濯ぐ
  勤靡餘勞 心有常間  勤めては勞を餘すことなく 心に常間有り
  樂天委分 以至百年  天を樂しみ分に委ね 以て百年に至る

春と秋がこもごも入れ替わり、田畑の作業にいそしんだ、耕したり、草を刈ったりするうち、まいた種はおのずから実を結ぶ(耘:草刈る、?:つちかう)

楽しみに書を読み、歌にあわせて琴を弾く、冬は日向ぼっこをし、夏は泉で水浴びをする

作業に労をおしむことなく、心にはいつもゆとりがあった、天命を受け入れて己の分をわきまえ、100年ものあいだ生きてきたのだ


(我が人生の総決算)

  惟此百年 夫人愛之  惟れ此の百年 夫の人之を愛しむ
  懼彼無成 貪日惜時  彼の成ること無きを懼れ 日を貪り時を惜しむ
  存為世珍 沒亦見思  存しては世の珍と為り 沒しても亦思はれんとす
  嗟我獨邁 曾是異茲  嗟我獨り邁き 曾に是に異れり
  寵非已榮 涅豈吾緇  寵は已が榮にあらず 涅も豈に吾を緇めんや
  卒兀窮盧 酣飲賦詩  窮盧に卒兀として 酣飲して詩を賦す

そもそもこの100年間を、人は愛惜してやまない、なにか功績のないことを恐れ、日々をむさぼり、時を惜しむ

生きている間はひとかどの人物となり、死後も名声が残ることを願う、しかし、私はわが道をゆく、人とはまったく異なるのだ

栄達を栄誉と思わぬし、色が黒いからといって心まで黒くなっているわけではない、貧乏していても身を高く持し、酒を飲みながら詩を賦す楽しみがある。(涅:黒く染めること、野外の作業で色が黒くなることをさす、緇:くろむ、黒くする、?兀:高くそびえるさま、窮盧:貧しい家、貧乏生活)


(埋葬)

  識運知命 疇能罔眷  運を識り命を知るも 疇か能く眷りみることなからん
  余今斯化 可以無恨  余今斯に化す 以て恨みなかるべし
  壽渉百齡 身慕肥遁  壽 百齡に渉り 身 肥遁を慕ふ
  從老得終 奚所復戀  老より終を得 奚の復た戀ふる所ぞ
  寒暑逾邁 亡既異存  寒暑逾いよ邁き 亡は既に存と異なる
  外姻晨來 良友宵奔  外姻晨に來り 良友宵に奔る
  葬之中野 以安其魂  之を中野に葬り 以て其の魂を安んぜん
  遥遥我行 蕭蕭墓門  遥遥たる我が行 蕭蕭たる墓門
  奢耻宋臣 儉笑王孫  奢は宋臣に耻じ 儉は王孫を笑ふ

運命とわかっていながら、人は後を振り返って後悔せずにはいられない、だが私は死にあたって、何ら恨みとするところもない

100年ものあいだ生きてきて、身体はそろそろ引退することを欲している、老いから死へと移り行くにあたり、何の未練が残るだろうか

寒暑の移り変わりも、死んでしまえば生きているときとは違う、

親戚が朝にやってきて、友人たちが夕方駆けつける、そして私を野に葬り、魂を安らかに眠らせてくれる

はるかな死出の道、さびしげな墓の門、豪華すぎる葬儀は恥ずべきものだ、だが余りに倹約するのも見苦しい


(死後を歌う)

  廓兮已滅 慨焉已遐  廓として已に滅し 慨として已に遐かなり
  不封不樹 日月遂過  封せず樹せず 日月遂に過ぐ
  匪貴前譽 孰重後歌  前譽を貴ぶにあらず 孰か後歌を重んぜん
  人生實難 死如之何  人生實に難し 死 之を如何せん
  鳴呼哀哉         ああ哀しい哉
 
空しくも身は既に滅び、遥かな昔を偲ぶと感慨深い、墓には盛り土もせず、目印の木も植えぬまま、時が過ぎてゆく、(封:盛り土をすること)

生前の名誉を求めぬ私だ、死後のことなどどうでもよい、人生とはむつかしいものだ、死んだからといってどうなるものでもない

ああ、悲しいことだ



前へHOME次へ








作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである