旧安田庭園
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旧安田庭園は、元禄4年(1691)、下野足利藩主本庄氏の下屋敷として
作られたのが始まりです 本庄氏は小大名でしたが 将軍家より松平姓を賜り
常陸笠間藩や丹後宮津藩の藩主を歴任しています
庭園は安政年間に大規模な改修が施され 隅田川の水を引いた汐入回遊庭園として
整備されました 小規模ながら徳川時代における大名庭園の典型をなす名園です
明治22年(1889)、安田財閥の所有に移り、大正11年(1922)
東京市に寄贈されました
関東大震災では甚大な災害を被り 隣接する被服廠では数万人が焼死するという
悲劇が起こりましたが 震災後復旧され 園内には安田氏の寄付によって
両国公会堂(当初は本所公会堂)が建てられました
現在は公会堂ともども墨田区が管理しています
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庭園は両国国技館の北側に接しています また東側には震災祈念堂のたつ横網町公園があり 下町の中では閑静な雰囲気に包まれた一角にあります 入口は国技館側と横網公園側の2箇所 無料で入園することができます コンパクトな心字池を囲んで散策路が設けられており いつも近所の人々の散策する姿が絶えません |
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心字池は かつて汐入池として隅田川の水を直接導きいれていました その結果 川の潮位に従って 池の水も満ちたり引いたりしていました 現在では 隅田川とは直接つながっていませんが ポンプによって水をコントロールし 人工的に水の満干を再現しているそうです 左は 隅田川の水を取り入れていた取水口の跡です |
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園内はそう広くはありませんが 心字池を巡る散策路は変化に富んでいます |
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小生が訪れたのは1月の半ば 非常に寒い日で 池の水が凍っていました |