四方山話に興じる男たち
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シュターツ・オーパー:独逸四方山紀行



(ハンブルグ・シュターツ・オーパー)

この日のナイトライフはシュターツ・オーパーにて歌劇の観劇なり。七時にホテルを出で、歩いて駅の反対側に及び、昨夜入りしリストランテのある通りを歩くこと数分にして劇場あり。劇の始まるまでの間、ロビーにてビールを飲む。ドイツ人は、観劇の合間にビールを飲み会話を楽しむもの多し。余らもその風習に倣へるなり。

劇場今宵の出し物は、シェイクスピア劇「真夏の夜の夢」なり。一応オペラを標榜せるも、イギリス風のミュージカル劇といふべきものなり。シェイクスピアの原作に大胆なる解釈を加へて、現代風の劇に仕立てなほしてあり。歌もさることながら、せりふまはしに独特の味付けをなしてあり。それを単純化していふに、エロティック・コメディといひつべし。とりわけ、驢馬の頭に変身したるボトムにティターニアが恋する場面は、この種のものとしては秀逸なり。すなはち、ボトムには、性欲のシンボルたる驢馬の頭をかぶせるばかりか、股間に巨大なる男根をぶら下げしめ、その男根をティターニアにいとしがらしむる演出をなすなり。

シェイクスピアの原作には、ティターニアはボトム相手にエロティックな会話を楽しみをれど、ボトムの男根に言及する露骨さはあらざりき。それをこの舞台にては、男根を露出せしむることにより、エロティシズムを視覚化せんとするやうなれど、演出家の思惑通りに進みしや否や、俄には決せられざるものの如し。

またこの演出においては、エロティックの要素を強調するあまり、原作に含まれをるいまひとつの要素たる悪魔劇の部分はいささか後退せるものの如し。その結果パックはただの妖精に堕し、妖精の首領たるオベロンは、覇気を抜かれて無邪気な王様になり下がりたり。

終了後、演出家を中心に挨拶あり。この劇、演出家も劇団もイギリス人にて、台詞も英語なり。作曲もイギリス人ブリテンの手になれり。されば生粋のイギリス風ミュージカル劇といひても可なるべし。大陸のオペラ風歌劇とは自づから趣向を異にすなり。

劇場を出づれば、はや十一時なり。先程の通りをホテルに戻る途中、食堂を見つけて食事をなさんとするも、ほとんどの店に断はらる。その中に一軒、深夜まで営業しをる店を見出して中に入る。イタリア料理店なり。すでに夜も深く更けたれば、軽く食事をなさんとて、スープを一椀ずつと、魚介入りのピザ(マルガリータ)を一皿注文す。スープは海老入りのトマト味にて、すこぶる美味なり。

卓上ドイツにおける芸術鑑賞への市民のアクセスの容易さについて議論す。今回吾らが鑑賞せるオペラ、コンサートともどもその料金極めてリーズナブルなり。日本にては、たとへば歌舞伎を鑑賞するにもきはめて高額の料金支払を余儀なくせらる。ヨーロッパの歌劇団の来日公演の如きは、十万円の入場料も珍しからず。しかるにドイツにては、わずか数千円にてオペラの鑑賞をなしうるなり。その訳は、と谷子言ふ、国や州の補助厚ければなりと。補助金は芸術のみならず農産物にも及ぶ。さればドイツ人は、廉価もて新鮮な野菜を味はひうるなりと。余思へらく、ドイツ人は産業を以て稼ぎたる金を、芸術や農業につぎこむなるべしと。その点、金を儲けたる産業資本が、利益を独占する日本とは大いに国情異なれりと。

食後ホテルに戻れば深更十二時を過ぎたり。入浴して就寝す。


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