神田の裏通り(26×36cm ヴェランアルシュ 2004年8月)

昭和初期の震災復興時代に、東京の庶民の間で流行した建築様式としていわゆる看板建築というものがあった。間口が狭く、表面ののっぺりとした商店の木造建物の壁をモルタルや銅版で装飾した様が立体看板のように見えることから、さる建築学者が命名したものだが、中小の商店が集中する神田界隈はことのほか看板建築の林立する地帯だった。

須田町から神保町にかけての一帯は戦災を免れた地域だったので、昭和の末年頃までは街中いたるところに看板建築が残っていて、一種の壮観を呈していたらしい。だが都心のこととて、木造建築物は次々と取り壊され、今に残っているものは殆ど見当たらなくなってしまった。

神田の裏通りを歩くと、ここが都心かと思われるほど古びた建物が建っていたりするが、看板建築の絵になるようなものを探すのは難しくなった。それでも通りの一角に古い木造建物が残っていて、人の絵心をそそるようなこともある。この絵にある風景は須田町と多町の間にある通り沿いにふいと見かけたもの。新旧の取り合わせが面白かった。




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