四方山話に興じる男たち
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露西亜四方山紀行その八:ノヴゴロド



(ノヴゴロド駅に到着せる夜行列車)

九月十六日(日)六時に目覚まし時計の音に起こさる。トイレにゆき、歯をみがき、髭をそる。窓外を見るに、あたりやうやう白みはじめ、列車は白樺林の中を進みてあり。時折白樺の林に湖らしきもの景を添へたり。頗る幻想的なり。その雰囲気の微妙なること、あたかも宮沢賢治の林檎林の詩を読むが如し。

七時二分ノヴゴロド駅に到着す。列車を下りてすぐ、アフトヴァクザール(バス発着所)に赴きて、明日のサンクト・ペチェルブルグ行きバスの切符を買ひ求む。運賃一人当たり五百ルーブリ、ほかに荷物代として四十ルーブリなり。

駅近くのマクドナルドに入り、ハンバーガーを食ひて朝餉となす。店に至る手前の道路、傷み方モスクワよりもひどし。露西亜はいづこも財政難のあふりを受けて、社会資本の維持もままならぬやうなり。


(ヴォルホフ・ホテル)

美しき並木道を十分ほど歩みてヴォルホフ・ホテルに投ず。途中ブロンズ像を見る。台座にソヴィエト英雄と記されてあり。現代ロシアにはあちこちにソ連時代の遺構保存せられてあるやうなり。フロントに至るや荷物を預け、ロビーのソファに座して転寝すること二十分あまり。やや気分の爽快なるを覚ゆ。

ホテルを辞し、歩むこと十分余りしてクレムリンに至る。ここのクレムリンはロシア最古の砦にして、モスクワのそれに比すれば規模遥かに矮小なり。構内にはソフィア大聖堂などいくつかの建築物散在してあり。


(ソフィア大聖堂の鐘つき男たち)

時に十時の鐘の音聞こゆ。ソフィア大聖堂の鐘なり。音の聞こゆる方に赴くに、二人の鐘つき男、数台の鐘を操作してあり。大型の鐘よりは低い音、小さな鐘よりは高い音出でたり。両者の音色渾然と溶け合ひ、人をして恍惚とせしむるものあり。

ソフィア大聖堂の内部に入るに、時あたかも日曜ミサの最中なり。賛美歌にあはせて、人々十字を切り、また腰をかがめて礼拝す。その姿に敬虔なる気配を感ず。とくに女性は地味なサフランを頭にまき、熱心に儀式に参加す。余その姿に露西亜正教の宗教的な熱情を感じ、いささか感動するところあり。ドイツにて教会に立ち入りたる際には、人々席に腰かけて讃美歌の歌声に聞きほれてありしが、ここの人々はみな立ちたるまま説教の言葉に聞き入り、讃美歌の声に聞き惚れてあり。その讃美歌の声は独特の抑揚をともなひ、いかにもロシアの心性を感ぜしむるなり。

余の感動せるさまを、石子脇より見てあきれゐたり。石子は無神論者を標榜し、かかる儀式に心動かさるることなしといふ。余は人々の宗教感情に大いに感ぜずんばあらざるなり。

ヴォルホフ河に架かる橋を渡って、ニコリスキー聖堂に至る。内部に入るに、天井やら壁一面にフレスコ画施されてあり。特に最後の晩餐を描きしものは、芸術上の評価も高き由なり。

道を戻ってクレムリン入口近くのインフォメーションセンターに赴く。そこにてユーリエフ修道院には如何行くべきやについて聞く。眼前のバス停留所より七番バスに乗るべし、十分ほどして着くべしと告げらる。その後近くのトラットリアに入りて昼餉をなす。フォカッチャとパスタを注文し、ビールを飲む。フォカッチャには簡易ピザ添へられてあり。その量一腹分なり。岩子二腹分は食へずといってテイクアウトを希望す。すなはちウェイトレスに命じて、持ち帰り用に梱包せしむ。このウェイトレスなかなか好感をもてたり。そはともかく、余はやや眩暈を覚ゆるところとなりぬ。



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