四方山話に興じる男たち
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峨眉山で四川料理を食う


旧友の秋子が九州の豊前から久しぶりに東京へ出て来るというので、昔の仲間が声を掛け合って歓迎会を催した。場所は曙橋近くの外苑東通りに面した峨眉山という四川料理屋。集まったメンバーは、福、石、岩、浦、柳、鈴、梶、錦、甲谷の諸子、合せて十一名だ。中には十年ぶりに顔を合わせる者もいる。

これだけ人数が多いとなかなか一つにはまとまらない。会話の輪がいくつかできる。筆者は左隣に座っている甲谷(甲州の谷)に声をかける。今日は甲府から出てきたそうだ。今晩は東京にとまるのかい、と聞いたら、この宴会が終ったら甲府へ帰ると言う。それは大変だなと言ったら、いや二時間もあれば着いてしまうので大したことはないと言う。そうか、甲府はいまや東京への通勤圏内と言ってもよいのだ。筆者だって家まで一時間以上かかるから、たいして差があるわけではない。

目の前には福子がいるので、先日の「ルンタ」のことを話したら、福子は福子で別のメンバーと一緒に我々の後で見物しに行ったのだそうだ。清子に動員を頼まれて幅広く声をかけたということらしい。その清子だが、今日は来ることになっていたはずだが、姿が見えないね、と言うと、石子が口を挟んで、そのうちに姿を見せるだろうという。(結局は来なかったのだが)

左斜め前の鈴子とは実に久しぶりだ。前回会った時から十年は経っているだろう。お互い元気で今日まで生きてこられてよかったね、と慰め合う。おかげで女房のAも元気でやっているよ、と鈴子が言う。そうか、鈴子も学生結婚だったんだ、と思い出した。若い頃に子どもを作ったので、上の子などは四十代半ばになっているそうだ。その割には、年寄り臭さを感じさせない。

右斜め前の柳子の細君は、筆者のことを陰気くさいと言っていたそうだが、今でもそう思ってるのかい、とただすと、いやあれからお前のブログを紹介してやったら、文章が面白いと言って感心していたよ。村上春樹の「ノルウェーの森」が同性愛をテーマにしているなんて、お前の見方はなかなかユニークだと褒めていたよ、などとお世辞を言う。

右隣りには岩子が座っている。ルンタを見たあと、我々はすぐに帰ってしまったが、惜しいことをした。みんなと一緒に反省会をするべきだった。何か面白い話は出たかね、と言うので、芝居というものは理屈で解釈するのではなく、ハートで感じるものだという話をしたよ、と筆者が反省会の様子を報告する。

そのうち話が盛り上がってきたところで、今日は秋子の歓迎会だから、主賓の秋子に話をさせようということになった。秋子は郷里の豊前で家業を継ぎ、いまでも現役で頑張っているそうだ。しかしもうそろそろ引退して、自分のライフワークである農業を始めたいと思っている。何年かかるかわからないが、自分なりにイメージしている農作物をブランド化したいと思っている、そんな話をした。今日は会社の出張で東京まで出て来たが、今後は自分の金を使ってちょくちょく東京へ出て来たいと思うので、みなとも是非お付き合いを願いたいと付け足した。

甲谷もわざわざ甲府から出て来たというので、話をさせられた。柳子は指名されたわけでもないのに、自分から話し出した。岩子は自分の話をするかわりに、今彼がやっているある署名運動に、皆も是非協力してもらいたいと言って、署名用紙と趣意書を配って歩いた。

料理のほうは、四川料理というわりには辛くはなかった。女主人は四川の人ではなく韓国の人だという。それで味が四川らしくないのかどうかわからぬが、決してまずくはない。料金もリーズナブルだ。

甲谷が甲府へ帰る都合もある事だからと言うので、三時間ほどで散会した。その後、石、浦、秋の諸子と飲み直そうということになって、浦子が以前よく通ったというバーに赴いた。それは四谷荒木町の一角にあったのだが、そこへ行く前に荒木町の内部を浦子が案内して廻った。この界隈は昔、接待などでよく足を運んだのだそうだ。

そのバーは夢という名前で、その名のとおり夢の中を思わせるようなふんわりとした空間だった。女主人がなにからなにまで一人で切り盛りしている。その女主人を目当てに結構人が集まって来るらしい。この夜も、我々のほかに何組かの客があった。

ここで、ジャック・ダニエルスをそれぞれの好みの流儀で飲みながら(筆者は水割り)、昔の仲間たちの思い出話やら、その後の動向についての噂話をした次第だ。秋子は、今晩は新橋の第一ホテルに泊まるそうだ。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2016
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