四方山話に興じる男たち
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民主主義と正義を語る


先日予告しておいたように、四方山話の会九月の例会では、小生が「民主主義と正義」をテーマにして話をすることになった。ところが事前に石子からメールが届いて、今回の参加者は非常に少なくなる見込みだと言う。テーマが重すぎて、敬遠するものが多いのだろうと石子はいうのだが、たしかに古稀になんなんとして、こむつかしい話を聞かされるのは、しんどいかもしれない。

いつものとおり会場の古今亭に赴くと、その石子がひとりぽつんと座っていた。席は五人分用意されている。たしかに石子の予測通り、敬遠するものが多かったわけだと思いつつ、席の一つに腰掛けると、そのうち他のメンバーもやってきて、結局七人になった。小生と石子のほか、小、浦、柳、岩、六谷の諸子である。岩子は席につきざま、小生がテクストに指定した岩波文庫をとりだして、これを苦労して手に入れて読んでみたが、真意がよく理解できなかった。二度も読んだのだが、それでも理解できない。シュミットはいったい何が言いたいのかね、というから、それは今から小生が説明するので、よく聞いてもらいたいと答えた。また、浦子は、今日新橋駅で降りて本屋を探したが、見当たらなかったので、本を手に入れることができなかったと言った。手に入ったところで、どれだけ役に立つか、知れたことではあるが、それも小生の説明で補ってもらいたいと激励した次第だ。

あらかじめ用意した原稿を皆に配る。A4用紙13枚分だ。ちょうど一時間かかるように設定してあるので、どうか静粛に聞いてもらいたい。そう言ったうえで、小生がこのようなテーマを取り上げた理由は、民主主義をめぐる今日の政治情勢に小生なりの危機感を抱いたからだ、と注釈して話を切り出した。その話の内容は、別途講義録として公開するつもりなので、内容はそれによって確認してもらいたい。ここでは、小生の話を踏まえ出席者の間でかわされた議論の概要を紹介したいと思う。

まず、石子が、感想というか、批判というか、自分なりの意見を述べた。シュミットの議論は、民主主義についての形式的な定義づけばかりで、実質がともなっていない。俺は民主主義というのは、人権の問題と思っているが、シュミットの議論にはそれが全く欠けている。これは民主主義に関する議論としては片手落ちだと思うし、そんな議論を中心に民主主義を論じることはまちがっているのではないか、とこれは小生を批判するようなことを言った。

小子は、民主主義と自由主義との関連をめぐるシュミットの議論は、違和感がないではないが、それはそれとしてありうる議論だと思う、と石子の批判から小生を擁護するようなことを言う一方、民主主義の議論がなぜ正義の問題に接続するのか、そこがよくわからない、とこれも小生の議論の筋立てを批判するようなことを言った。そのうえで、自分がシュミットのこの本を読んでの印象は、非常に不愉快だったということだ。だからこんなものを議論のとっかかりにすること自体が、自分には不愉快に感じられる、というような趣旨のことを述べ、重ねて小生を批判した。

六谷子は、ジャーナリストらしい視点から、シュミットの議論の今日的な意義に言及し、シュミットがこの本を書いてから100年がたつが、その間にほとんど何も変わっていないというのが、自分の受けた印象だと言った。そのうえで、シュミットが民主主義を自由主義から切断し、人権問題等、今日われわれが民主主義の原理だと思っているものが、実は自由主義の原理だと指摘したことは、大いに考えさせられるところがある、とこれは、石子の批判から小生を擁護するようなことを言った。

そこで小生は、皆の中には一部誤解があるようだ、と言い添えた。小生は何もシュミットが正しいと思ってこんな議論をしているわけではない。小生は、シュミットが独裁を擁護し、そのことでヒトラー登場への露払いの役割を果たしたことを厳しく批判している。そんな小生がシュミットをとりあげるのは、なんといっても、民主主義についての正しい理解にとって、シュミットの議論が大きな手掛かりを提供してくれると思うからだ。言うなれば、シュミットは反面教師として、民主主義に潜んでいる罠に気づかせてくれると考えるからこそ、シュミットを取り上げたのだ、と弁明のようなことを言った次第だ。

柳子は、シュミットの議論から外れて、現下のこの国の政治状況について話題にとりあげ、尖閣問題以後、日本の世論がにわかに右傾化していることを指摘した。先日も高校時代の同級生と宴会をしたが、出席した同級生のほとんど全部が安倍政権を熱烈に支持している。その理由は、中国の台頭に対して真面目に向き合あえるのは安倍政権だけだからだ、という。それに対して柳子としては、言いたいこともあったが、多勢に無勢で、喧嘩をしても勝ち目がないと思い自制した。とにかくいまの安倍政権は、国民の世論を誘導するのがうまい。もたもたしていると、尖閣をとられるぞ、この一言で日本人を自分の意になるように誘導できている。それはそれなりに、利口なやり口だ、というような趣旨のことを言った。

というわけで、今夜は久しぶりに実のある議論を展開した次第だ。では次回以降も今夜と同じような趣向で続けようかというと、そうはならなかった。みな自分自身が重いテーマで話すことについて、ためらいがあるようだ。そんなわけで、次回は気楽な茶飲み話に徹しようということになった。もしできれば、メンバーのうちまだ自分史を語っていないものに、語らせるのもいいだろう。とにかく次回は気楽にやりましょう、ということで話が収まった次第だ。



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