1 太田道灌時代の江戸城周辺図 
上図は大田道灌が江戸城を築いた頃の時代における江戸周辺の地図を現したものです。現代との重ね図から読み取れるとおり、現在とは大分異なった様相を呈していました。

もっとも大きな相違は海岸線です。現在の大手町あたりから芝にかけての部分は日比谷入江と呼ばれた入江状の海になっており、その先に江戸前島と呼ばれた半島状の土地がぶら下がるように突き出ていました。

河川の流れも現在とは大分異なっています。当時平川と呼ばれた神田川は、途中小石川を合流して日比谷入江に流れ込んでいました。小石川は現在はありませんが、ほぼ白山通り沿いの低地を流れていたものと思われます。また、石神井川は不忍池を中継点にして南北方向に流れ、直接江戸湾に流入していました。

この地に道灌が築いた江戸城は、ほぼ現在の皇居東御苑に相当する場所で、北の丸の台地を背にして日比谷入江の海に臨んでいました。守りを重視した築城術であったといえましょう。






     



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第三章 隅田川右岸の小河川と掘割