東京の祭

山王祭





神幸祭:   
日本橋・京橋連合渡御:  
麹町連合宮入     



古来日本の国土は八百万の尊い神々が見守り給うところにして
いづれの土地にも土地の神というものがありました
江戸・東京もまた例外ではなく 八百八町のことごとくが
いづれかの神社の氏子となって 神々の加護を受けてきました
例大祭と呼ばれる大規模なお祭は 氏子たちが土地の神に
感謝をささげるため 行われてきたものです

江戸・東京の神社の中でも 神田神社と日枝神社は特別な存在でありました
家康の入府後江戸の市街地が形成される過程において
核となった市街地を二分する形で この両者が氏子区域に組み入れたのす
日本橋川を境にして 北側を神田神社 南側を日枝神社が担当しました
ですから この両社は原江戸の総鎮守役を分担して担ったのです

日枝山王神社はこの国の中心たる江戸城を 氏子区域にしていました
このことから将軍家から特別な待遇を受け その祭山王祭は天下祭と称されました
浮世絵などでみる山王祭は 都下随一の豪華さを誇っていたようです
数十台もの山車が隊列を作って行進し 最初の山車から数えて
最後の山車が通り過ぎるまで 半日かかったといわれます

日枝神社の氏子区域は 九段から丸の内にかけての旧麹町地区全域と
日本橋南部 京橋・銀座西部を含む広大な地域にわたっています
東京の都心をカバーしているため 住民の連続性がうすく
共同体的な雰囲気は失われてきましたが 祭の伝統は今に受け継がれています

今日の山王祭では かつての山車の行列はなくなりましたが
かわって 閑古鳥を先頭に立てた神幸祭の行列が 氏子区域内を一周します
また麹町地区の神輿の連合宮入が行われるほか
日本橋・京橋地区の連合渡御が 中央通りを舞台に繰り広げられ
都心の夏の風物詩となっています







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