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月島・佃島
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| 月島は東京湾にうかぶ埋立地としては最も古いものです。その原型は佃島と呼ばれ、太古から隅田川の入り江に浮かぶ小さな島でした。ここに、家康によって攝津の国から呼び寄せられた猟師たちが集落を作って漁をはじめ、また佃煮などを製造し始めたのがこの地域の発展する原点となったのでした。 明治の20年代、隅田川に土砂が堆積して船の運航の妨げになったため浚渫工事が行われましたが、その際に発生した大量の土砂を埋め立てて人口の島を作ったのが月島の始まりです。明治25年に現在の月島が、同27年にかちどきが、同29年に新佃島が完成しました。 東京湾には、土やごみを埋め立ててできたたくさんの島がありますが、さしずめ月島はその兄貴分みたいな存在なのです。 月島には旧来の猟師の外住むものも少なく、まして工場などがなかったため、米軍による空襲の標的になることもなく、佃地区を中心に古い街のたたずまいを最近まで残していました。 ですが、時代の流れには勝てないのでしょう、大川端リバーシティの高層住宅街ができたのを契機に、この街の変貌が始まり、いまでは都心に近接するマンション地帯として生まれ変わりつつあります。 小生は、この年の冬、そんな月島を歩んで、時代の波に現れる街の相貌をカメラに収めてみることにしました。 (2005年2月) |
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