TOKYO
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南千住


旧奥州街道が明治通りと交わるところに泪橋の交差点があります
ここを越えると南千住です
徳川時代には小塚原と呼ばれていました
かつては品川鈴が森と並んで刑場のあったところです
徳川時代を通じて20万人もの罪人が首を撥ねられたといい
また幕末には安政の大獄で弾圧された橋本左内らがここで処刑されました
杉田玄白らが日本人として始めて解剖をおこなったのも
小塚原の刑場においてでした



泪橋の交差点
かつて刑場にひかれて奥州街道を下ってきた罪人が
ここで泪ながらに見送りの人と別れたところから こう名づけられました


都バスの南千住車庫は 常磐線・日比谷線・貨物線鉄道線路の南側にあります
かつては都電22系統の車庫だったところで 
ここを出発した都電が旧奥州街道筋を新橋まで走っていました
現在では、同じ道筋を都バス東42甲系統が走っています


南千住駅前歩道橋 貨物船の線路をまたいでいます
旧奥州街道の方は 線路の下をくぐるアンダーパスになっています


貨物船と常磐線の線路敷の狭い空間にこのような石仏が立っています
一名を首切り地蔵 または延命地蔵といいます
小塚原で首を切られた罪人たちを供養するために作られました
もともと回向院の一部でしたが 常磐線の建設に伴い現在地に移転
寺も独立して延命寺と名づけられました


小塚原の回向院は 両国の回向院同様 無縁仏を弔うために作られました
無論 この寺は小塚原で罪視したものたちを弔うためです
本殿の右側には 橋本左内の墓がありましたが 最近移転させられて
その跡地にビルがたてられるということです
世の中の無常さを感じさせられる話です


千住大橋のやや南にある素盞雄神社は南千住・三河島・町屋の鎮守として
千住天王祭は盛大なことで有名です


神社境内の神楽殿


拝殿正面にある巨木と 幹にかけられた絵馬
湯島亀戸の天神様と異なり 一つ一つが良く見えます


千住大橋


大橋の北詰には芭蕉旅立ちの図が描かれています
芭蕉は奥の細道に旅立つ際
深川の庵から舟に乗り 仙台堀隅田川をこぎついで 
ここで丘に上がりました







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