TOKYO
TOWNSCAPES

  


北千住


千住宿は奥州街道の第一宿場として設けられ
品川、内藤新宿、板橋と並び 江戸四宿の一とされました
当初は千住大橋の北側に限られていましたが
後に橋の南側にも拡大し それ以降 
北千住、南千住と使い分けられるようになりました



北千住駅西口の駅前通りを歩いていくと やがて旧奥州街道と
交わる地点につきます このあたりがかつての宿場町の中心だったところです


この交差点のちかくに 本陣が置かれていました
森鴎外の父が 津和野からでてきて開業したのは この交差点の付近です


街道沿いには旧い作りの蔵がいくつか残されていて
街に独特の景観をもたらしています


この建物は横山家住宅 徳川時代から続いてきた松屋という紙問屋です


横山家の前にあるこの古家は絵馬屋といい
絵馬や行灯、凧などの図柄を手がける際物問屋でした


これも旧さを感じさせる蔵作り風の建物です


名倉は接骨の名医として全国に名をとどろかせ 多くの客を集めました
いまでも 各地に名倉を名乗る接骨師が展開し
名倉といえば 骨接ぎの代名詞となりました


名倉の手前で奥州街道から分岐する水戸佐倉道


千住には何故か 多くの氷川神社が存在します
これはそのうちの一つ 元氷川神社







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