東 京 の 川 と 橋 ・ 写 真 集

佃大橋



   形  式: 3径間連続鋼床版箱桁橋
   橋  長: 220.0m
   橋  幅: 25.0m
   架設年次:昭和39年8月





佃大橋は、昭和39年8月といいいますから、あの東京オリンピックの直前にかけられました。

ひとつ下流にある勝鬨橋が、幻に終った戦前の東京オリンピックに間に合わせるため、突貫工事で作ったのと同じような背景を有しています。

ただ、勝鬨橋が技術水準の高さとともに、優れたデザイン性を有しているのに対して、この橋はあまり優美であるとはいえません。

高度成長に沸くオリンピック前夜において、東京では地下鉄や高速道路の建設といった公共事業が盛んに行われましたが、それらは多く機能中心主義の思想に導かれ、デザインに考慮を払うということがなかったのです。

この橋は日比谷の帝国劇場の横から発し、明石町から佃島の住吉神社横手に抜ける道路を渡すために架けられたもので、月島・佃島と陸地を結ぶ橋としては、相生橋、勝鬨橋に続く3番目の橋でした。

この橋ができるまでは、徳川時代以来あった佃の渡しが、船による陸地との連絡に活躍していました。

橋は、明石町から隅田川を跨ぐと、そのまま高架の形で月島を横断します。ですから、歩行者は階段を上って橋の上に出なければなりません。

関連サイト:月島・佃島   佃祭 





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